1+1 いちたすいち(6) 藤崎真緒 白泉社
思春期は、ずいぶんと昔のことになり、今は、娘が思春期のとばくちにいる。 そんな年齢でも、あぁ、そうだよねぇ、うん、そうだよねぇ、と、ちょっとウルウルしてしまったりして。今回は、キタ。かなり、キタ。
愛されているのだと、相手に分かってもらえるように愛することを、わたしはちゃんと出来てるだろうか。
それにしても、うー、るきちゃんの様子が気になるなぁ。
小学館 コミック -@PetitComic-
いやぁ、今月の花夜チャン萌え(苦笑) 見かけと中身が全然合ってないところが、ごっつう好み。
“人生を教わったマンガ”は『SLAM DUNK』と『鋼の錬金術師』〜ブログメディア「漫画ニュース」(RBB TODAY) - Yahoo!ニュース
ふぅん。
紫野の場合は、『トーマの心臓』 か 『スター・レッド』 ですかね。どちらも、萩尾望都さんの作品だなぁ。 やっぱり、思春期に読んだものは強い印象が残る、というところでしょうか。
筒井康隆と清原なつの。この組み合わせは萌える!(<かなり、違) 毒をもって毒を制すというわけじゃない、毒の相乗効果というわけでもない。でも、毒を楽しみたい人にはお薦めする。読後感は、文句なしに悪いので、劇薬注意。
紫野は高校時代から大学時代に家族八景に始まる七瀬三部作を読んでいるはずだけれど、今回、あらためて清原版家族八景を読んでみて「あれ?家族八景って、こんな作品だったけ?」と感じた。現在置かれた環境が当時と全然違うせいで受け取りかたが違ってしまっているにせよ、まるで、別の作品に触れたような印象が残った。特に、七瀬にそこはかとない不快感を感じる自分自身に戸惑う。昔、感じることのなかった軽い嫌悪。けして、激しく強いものではないのに、拭えないまとわりつくような不快。ヒロインに(軽くはあるが)はっきりと不快を感じるのに、きちんと最後まで読了できる、この感じは、今までに経験したことがない味わい。
うまく説明できないけれど、たぶん、この不快が「エディプスの恋人」につながっていくのかもしれない。理由はないけれど、そう、思った。
いま、うちのサイトのAmazon Top Seller を何気にみてみたら、のだめが4冊とハガレンが1冊だった。 なんか、なんて言ってよいか迷うけれど、すごい。
まぁ、最近でもなく、ずっと、思っていること なんだけど。
強いからと言って何をしてもいいってわけじゃない。でも、逆に、弱いからって何をしてもよいわけでもないはずだ。
弱さを武器にすることは、そりゃあ、ほかに武器にするものがないなら、仕方がないことでもあるんだけどさ。だって、生きなくちゃならないとしたら、恥も意地も糞も(<お下品)ないもの。 実際のところ、他人の負い目を利用するために自分の弱さを武器にできる時点でさほど弱くもなかろーと思うし、生存するためには、せめて、それぐらいの力はないと不味いのだろうし、どんな生き物だって、生きていく力がなければ死ぬしかないのだし、死にたくないのなら、自分なりに何かを見つけなくちゃならないし、よりよい環境で生きたいというのは、生き物として極々まっとうな欲望だからね。
どんなときでも生き物は生きなくちゃならん。それは正しい。(<と、断言してしまう。人間だって生き物で、十月十日の妊娠期間と出産は下手すりゃ命懸け。陣痛は、半端なく痛いんだから、そう思わせてくれないと泣くぞ <こういうのが卑怯。) (続き…)
さだまさしの歌に「前夜(桃花鳥)」というのがあって、そこには「明日の僕達の献立の事が気がかり」というフレーズが出てくる。疑いもなく常に、紫野はそっちの側にいるなぁ。。。と、今日、電車のなかで考えていた。
「うん、そうだね。そういうときは、おいしいご飯食べて、あったかいお布団に入って、寝なさい」という態度が、思春期から今に至るまでずっと変わらないでいるってのも、どうなんだろうなぁ。たとえ一瞬、疑いを持ったとしても、「でもね」と肯定してしまう。それが出来て省みないので、ともかくしぶとい。だから、身体も心も頑丈。そういうタイプが結果として生き残って多くの子孫を残してきたから、そういうタイプが世間には多いんじゃないかと(笑)
寝食忘れて考えたり、悩んだりしたら、壊れる。だから、食べて、寝なさい。子供たちにはそう言おうと思ってる。食べて寝た後でもリセットされずに、考え続けたり、悩んだり出来るのなら、それは才能だからね。まぁ、がんばってみなさい、ってか。
あと、まぁ、なんといいますか、ぐずぐず言う前に、自分のことをちゃんと面倒みろよ、というのもある。 たとえば、上記のさだまさしの歌で言えば、「分かってる」といいながら、キミは夕食を作ったりはしてないじゃないか、と、突っ込みたくなるわけ(ぐだぐだ言わずに作れよ。それから部屋を片付けて、子供を寝かしつけて、それから言うんだったら聞いてやる。) 「夕食は何にしようかな?」と考えているとき、そういうことは考えないんだよ、という話なのかもしれないんだ。同時に考えられる人もたまにはいるけど、紫野はダメ。向いてないみたい。でも、まぁ、天才というのは、常人と違って、偏ってるらしいからなぁ(笑)
まぁ、いいや、今日も、飯食って寝よう(<をい)
対象a - Google 検索
今クールの深夜アニメで、紫野が、唯一、まともに見ているのが「ひぐらしがなく頃に解」。そろそろ、物語は、最後に向けてスパートしております。で、そのエンディングテーマが「対象 a」。 いろいろと考えてしまうような、「語らせる」ような歌詞ですよね。つい、ひっかかって、つい、もろに語ってしまいそう。
ラカンの言う「対象a」なのか(だとしたら、「a」は「アー」なのかな?)、数学的に「対象a(と対象b)」)なのか、言葉としての「Object」に寄っているのか(日本語を母国語としている場合、「Object」というのは、あまり馴染みのない観念だと思うんだが。通常、あまり意識しないし。)とか、いろいろ。 結局、たぶん、これは、「風味」であって、ひっかけなんだろうけれど。
で、その流れで、「骨の先」が「白い」というフレーズについて、つまらないことをいろいろとと考えているわけです。 ただの骨じゃなくて、骨の「先」が白いってことに、こだわってしまうの。(<これだけじゃ、意味不明だな。)
・・・また、後日、このネタを出すかもしんないです。
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