| 番号 | タイトル | 著者 | 掲載誌 | 日記 |
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| No.42 | 『美少女戦士 セーラームーン』 最終回 | 武内直子 | 月刊「なかよし」3月号 | 1997.02.06 |
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いまさらながら、あけましておめでとうございます。みなさまお変わりありませんか? 本年もよろしくおねがいいたします。 う〜、家庭内LAN構築にかまけて『感想日記』のほうはまったく更新できておりません。看板に偽りあり、ですね〜。 さて、復活っ!の本日のお題は、『セーラームーン最終回!』でございます。う〜、これはやっぱ、書いとかんといかんなぁ、ってことで(<何が?) で、紫野の感想は一言でいうとこれ。 『愛は宇宙を救う』(笑) うん、たぶんそうなるしかないだろうとは思ったのよ。うん。それはもう当初からのお約束だったわけで、すべてのシリーズが結局そうなってきたわけだし。うん、だから意外ではないのよ。うん、だけどね(苦笑) 「ギャラクティカ」が出てしまったので、んじゃあ、それに対抗できるのはなんだろ?って思っていたら、なんと「セーラーコスモス」が出てきたんでした(けっこうびっくり)。 なるほど、「コスモス」は「調和」をも意味する言葉ですからね、当初から「カオス」と「コスモス」の構想だったのかな? うん、これは一本とられましたな。 今回のシリーズが始まってすぐにお亡くなりになっていた、まもちゃんも復活したし(<するとは思っていたが)、けっこう嬉しいです。 んで、ラストシーンは結婚式ということで、はい、よろしゅうございましたね(<皮肉ではない。)結局、「未来のセーラームーン(というか、クィーン)」は、今回のことを覚えていないってことになるのかしらん? 『時』の扱いにはかなり不満が残るけど、でも、『なかよし』だもんなぁ。あんまり突っ込むのはよくないよね。ここは、よかったね、で終わらせておくべきものなんでしょう。 「愛は宇宙を救う」・・・よろしいじゃないですか! 紫野は、こういうのが嫌いじゃありません。 それに、「すべてが生まれるところ」というイメージがいいです。こういうイメージって、ちょっと「なかよし」的じゃないような気がするけど、最近は「なかよし」も変わったのかな? 「すべてが生まれるところ」。そこから生まれるものに、「善悪」の色をつけようとするのは、きっと、人間たちのほうですね。 んで、セーラームーンが「クィーン」になるためには、その「善悪」を超越しないといけないのだ、ってことなのかもしれません。 ただ、そのための意志が、「愛」であるところが、ちょいと気になるという話です(でも、個人的には、こういう大甘な話好きなんだよね) 「愛」にたよっちゃうと、実に安直なような気がしません? ほんとは、「愛」だけで救えるものはそんなに多くはないと思う。「愛」は全能の切り札なんかじゃない。きれいなメルヘンだけども、って思ってしまうのは、紫野のひがみかなぁ。 そろそろ、「愛」に頼らない解決ってやつを見せて欲しい。それがどんな形であるべきものなのかは、紫野にもまだ分からないのだけれど。 この連載で、武内さんはだいぶ変わってきたようなので、次回作(プレッシャーあるだろうけど)に期待したいです。がんばってくださいませ。
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